minofoto and miscellaneous notes

個人的な備忘録ですが、たまに広く読んでもらいたい記事を書くこともあります。記事は随時修正したり追記したりすることがあります。

とりとめもない話についての、とりとめもない話

これまでの職場などで、様々な発達障害スペクトラムだろうな、と思われる方々と接してきました。ASD も AHDH も人口の数パーセントから10%を超えるくらいはいるようなので、大抵の方はそういう方がクラスメイトに居たといった経験があるだろうと思います。症状は、はっきりと生活に支障が出るレベルから、一見わからないけど本人はコミニュケーションに違和感があるといったレベルまで、様々なスペクトラム状の分布をしているようなので、意識せずにそういう方と接している人もいるでしょう。

ちなみに自分の話をしておくと、診断を受けたことはなく自己診断ですが、様々な自己診断やら本を読んで勉強した限りでは、私は ASD 傾向も ADHD 傾向もほとんどないようです。そういう人間がこういうデリケートな話題に口を挟むのは、正直ちょっと勇気がいることです。もしも失礼なことがあれば遠慮なくコメントをどうぞ。


最初に書いたような、発達障害スペクトラムの方々と接した経験はあっても、親しく接したり職場で一緒に仕事をするという関係はまたちょっと異なります。職場で一緒に仕事をする同僚、または上司や部下といった関係であったり、もしくは恋人や夫婦といった関係の場合は、コミニュケーションの密度が濃くなるだけでなく、意図を正しく伝えることが重要になりますが、ここで意思疎通がうまくできないと、どちらかが疲弊したり、ハラスメントの原因となったり、人事評価に影響したり、家庭内トラブルなどの原因にもなります。具体的なことは書きませんが、そういう苦労は人並み(か、それ以上?)にしてきています。

そういう文脈で以下のツイートを見て、なるほど、と思いました。

これまで読んだものの中で、ADHD 傾向と話のとりとめもなさ、の間の関係をきちんと説明したものはありませんでした。しかし自分の経験では ADHD 傾向のある方は皆ではありませんが、特に仕事に関係するような重要な場面で、話が長い、とりとめもない、結論がない、なぜか話の前後で謝罪される、という違和感を覚えることが多かったので、自分の経験とは合致しているように思えました。

一方で、この話にはわからない点もあります。
「話がとりとめもない」「あちこちに飛ぶ」というのはよく「女性の会話の特徴」とも言われています。自分の経験でも、「で、結局何が言いたいの?」というのをぐっとこらえて話を聞くという場面はたくさんありました。でも、そういう「女の会話」と「ADHD 特性は似たようで違うな、と感じたので以下のようなツイートをしました。


「女性の会話は共感を求める、一方男性の会話は結論を求める」とよく言われます。共感を求めるがゆえに、話の筋道や結論にはこだわらず、話をして共感し合うことを楽しむ、と解釈しています。
一方で、ADHD の特性が強く前面に出ていると感じるのが男性に多いからかもしれませんが、ADHD 傾向を感じる方と話して、共感を求められているんだな、と感じたことがあまりありません。両者は似ているようで違う脳の特性によるのかな、となんとなく思います。

でも、よくよく考えてみると、これは私の偏見によるものかもしれません。女性にも発達障害スペクトラムは存在するのに、女性の特性からコミニュケーションに適応できてしまうため、本人は苦労するけれども周りからはわかりにくい、という話を聞きます。つまり、私自身が女性の ADHD 傾向に鈍感なだけで、女性の中でも特にとりとめもない話を好む方は ADHD 傾向が濃厚、という可能性もありますね。性別による違いと、ADHD 傾向はちょっと角度が違う別のベクトルだけど、実は似たメカニズムを共有しているのかもしれません。
そもそも同性であってもそういう傾向を判別するのは簡単ではありません。男性の友人から「実は自分は ASD/ADHDなんだ」とカミングアウトされて、それまで接していて全く気付かず驚いたことも複数回あるので、勝手に外見で判断することはできないし、ましてやそういう偏見を元に考察するのは意味がないかもしれませんね。

とりとめもない話について書こうとして、結局自分の話がとりとめもなくなってしまいましたので、この辺でやめておきます。

十分長く生きてきて、いろんな人と出会いましたが、まだまだ他人のことは全然わからないし、出会う人みんなそれぞれ異なる個性があって理解するのは難しい。人間ってつくづく奥深いものですね。